<je te veux>









明日は跡部様の誕生日。
張り切ってる子が多くてあたしなんか…。
喋った事もなきゃ話し掛けられた事もないし。
…プレゼントなんて渡せない。
跡部様はプレゼントを渡されればまぁ受け取るみたいだけど。
手渡し以外は捨ててた。
好みも解らないし下手なのあげるよりあげない方が良いのかな…。
手渡しする勇気のないあたしにプレゼントを贈る勇気等ない。

「はぁ〜…」

出るのは溜め息ばかり。
雲の上の手の届かない存在。

















は告白しないの?」

何時も何時もあたしの相談ばかり聞いて貰って悪いと思ってるよ。
けど…。

「ん…告白は……しない」

唯好きなだけで良い。
見ているだけで。

「良いの?」

「人に伝えるのも良い事だけど、あたしはこれで良い」

周りからすれば何で告白しないのか不思議だと思うだろうし、弱虫なだけって思うかも知れない。

「あたしは唯好きで居たいの」

下校途中の下駄箱でそんな事を聞かれるとは思わなかった。

「そか」

明日が誕生日だから言い易いと思ってくれたんだと思う。
…あたしは明日のプレゼントは買わない。






















「あ〜…買っとけば良かったかも」

それでも後悔ってする物だよね…。
当日になってやっぱり買えば良かったなんて。
受け取る筈がないと解っていながらも。

「…が言ったんでしょ」

それを言われたら反論出来ない。

「解ってる…」

諦めて跡部様の後ろ姿を見るだけ。
周りには積極的な女の子達がプレゼントを持って跡部様に渡す。
あの中に混ざれれば良いのに…何度思った事だか。
そう出来ない自分を恨んだ。





























去年の今日。
跡部様の誕生日にあたしはプレゼントを贈った。
渡せない女の子達が置いたであろうプレゼントの中に紛れさせて入れたプレゼント。
勇気を出したの。
あれがあたしの精一杯だった。

「跡部様、誕生日おめでとうございます」

積極的に渡す女の子を横目に周りを羨ましがったあたしの。



























けれどあたしの勇気は…夢は……無惨にも崩れ落ちた。
あたしのプレゼントは棄てられた。
袋は付いた儘で学校のゴミ箱に棄てられた。
あたしのだけじゃなくて、手渡しされなかった物全て。
無惨に棄てられてた。
あたしは棄てられたプレゼントを取り出して家に持ち帰った。
家に着いて部屋に戻ると泣き崩れた。
必死に選んだプレゼントを棄てられた。
唯あたしの好きと言う気持ちまで棄てられた気がした。





































は去年の事引き摺ってるの?」

黙り込んで考えてた事を当てられて焦った。
確かに、その所為であたしは今年跡部様にプレゼントを贈らない。
手渡しじゃなきゃ意味のない物は買わない。
…もう要らない。

「少しはね」

跡部様の誕生日も後6時間程で終わる。

「良いの?

もう決めたの。

「あたしは後6時間で恋を諦めるの」

これは変わらない。
プレゼントを棄てられても好きだったあたしが付けようと決めたけじめ。

「何時までも思ってる訳に行かないし」

今日が終わればあたしは跡部様への思いを捨てる。
大好きだけど。

「音楽室に行っても良い?」

「良いよ、の弾くピアノ好きだし」

快く受容れてくれる彼女にあたしは答えられるかな…。
一曲だけ弾いたらその曲と共に置去りにする。
あたしの心は此処でお別れ。


































職員室で音楽室の鍵を貰うと窓の外に見える跡部様が気になった。
眼で追い駆ける自分に気付いて嘲笑する。
何時までも未練たらしい自分。

「何弾くの?」

「んー…」

鞄を適当な場所に置いて座る彼女の横に鞄を置いてピアノの前へと座る。
ピアノを開けて一息置く。























ピアノは好き。
でも余り上手くは無い。
習い始めるのも遅かったし、練習なんてろくにしてない。
けれどこの曲だけは間違えないで届いて欲しかった。


























どれだけ弾いてもあたしの場合は届かない。
愛しい人に告白すらしていないのだから。
誰にも届かないこの曲を弾く。
此れであたしの思いを割切る。































「ピアノの音?」

「珍しいなこんな時間に」

「…切ない曲ですよね」

























「技術は上手いとは言えねぇな」

「…心はこもってますよ」

「ええ曲やね」




































今のあたしに出来る全て。
それだけを込めて。
この曲が終っても彼を好きになった自分を誇れる様に。
彼の眼に映らなくとも。



























「付き合せてごめんね…って」

驚いた。

「何で泣いてるの?」

涙を溢れさせながら聞いている彼女に。

「解ん、ない…これ、何て曲?」

タオルで顔を覆いながら必死に涙を拭っている。

「ショパンの…」

「ショパンの『別れの曲』だろ?」

えっ??

「違うか?」

余りにも驚いて声が出せない。

「跡部、驚かせたらあかんよ」

ひょっこりと現れたのはあたしの思い人…。
否好きだった人。
その後ろからは忍足君。

「自分が弾いてたん?」

忍足君の問にも声が出ない。
まぁ、当たり前と言ったら当たり前だけど。
雲の上の人が目の前に居て、話し掛けてくれてるんだから。

「もっかい弾いて」

「やっ、跡部君の方が上手いし」

居るだけで緊張するのにその前でピアノ何んて…弾けないよ。

「何で野郎のピアノ聞かなあかんねん」

…跡部君も弾くつもりはないみたいで、ちゃっかり椅子に座ってるし。

「……同じ曲で良いの?」

「別のがええわ」

別のって…。
何が良いの?
跡部様を見ると眼が合った。

「……フォーレの『夢の後に』」

集中して自分の世界に入り込めるピアノが好きだった。
ピアノを始めた切欠は忘れたけど、絶対『別れの曲』は弾きたいって思ってた。
ゆったりとした曲調でスケールの広い曲。
この曲に憧れた。
























「ええ弾き方やん」

微かにそう聞こえた気がした。
けど、跡部様を見たり忍足君を見たりしてる余裕は無い。
曲が終るまで…。


























「さっきの曲も感動もんやったな」

「そりゃ、思いの込め方が違うもんね〜

ちょっ!バレるって!!

「思い?」

「2年分の恋を曲に込めたんだもんね」

「へぇ〜」

あ〜なんか嫌な予感…。

「誰?」

ほら来た。
でも絶対言わない…言えないし。

「秘密です…帰ろ」

鞄を持って音楽室を出ようとしたらピアノの音がした。
ピアノの前には跡部様が座ってて、曲を弾いてた。

「これ…?」

「借りだ」

跡部様が弾いた曲は…。

「ヘンデルの…」

「2曲分の礼だ」

…これじゃぁ忘れられないじゃん。
如何しろって言うの。
折角あの2曲に込めて音楽室に置いてこうって思ったのに。

…」

涙が止まらない。

「跡部、泣かしとるで」

忘れようとしたのに。
置いてこうとしたのに。
次の恋を探そうって…。

「意地悪だぁ…」

泣き崩れるあたしに届く音色は甘くて涙が出た。

「何がだ」

きっとあたしはこの人への恋を捨てる事なんか出来ないんだ。
この人は簡単に棄てられても、あたしは出来ない。

「この曲…」

「お前が悪い」

言い終わっていないにも関らず跡部様はあたしに向かって強めの口調で言った。

「ショパンの『別れの曲』を弾くからだ」

あたしが『別れの曲』を弾いたのが原因だって言われても…。

「ッチ…」

跡部様が舌打ちすると曲が終った。
そしてまた曲が始まる。
周りにはいた筈の2人がいなくなっていた。
始まった曲は…。

「サティ…」

「此れで解っただろ」





























「あたし去年のプレゼント棄てられてるんだけど」

「アレは仕方なくだ」

跡部様の話によると、あたしと一緒に置いてあったプレゼントの処分の為に仕方なく棄てた。
そう言っていた。

「後で戻そうとしたら無かったんだよ」

何だか笑えた。
『別れの曲』を弾いた。
そして『過ぎ去ってしまった愛しい人とのひと時をもう一度と、やるせない思いの歌』を弾いて跡部様への思いを断切ろうとした。
跡部様からはへンデルの『私を泣かせて下さい』とサティの曲。

「…跡部君が好きです」

「知ってる」

「2年前から好きです」

「じゃなきゃ『je te veux』何て誰が弾くか」




































跡部ハピバ〜!!
つか間に合って良かったぁ〜。
意外に時間掛かって大変でした。
一応ピアノ習ってる癖に初の音楽ネタですよ。
別の話で書きたかったネタまで混ぜてしまいました。
ヒロインが弾いた曲はショパン『別れの曲』・フォーレ『夢の後に』
跡部が弾いた曲はヘンデル『私を泣かせて下さい』・サティ『je te veux』です。
解り難くてすみません。
何度も曲変更して、順番変えてやったのであたしも頭がこんがらがってます…。
誕生日ネタですが微妙ですみません。
今月末までフリーです。
2005/10/04